天ぷらそばはいつ頃始まったのか?その歴史は?

      2016/10/10

天ぷらそばの歴史を調べたんですが

はっきりとしたことは、わかっていないようですね。

歴史にのこっているのでは

文政10年(1829)の川柳でこのように読まれているのが残っていたそうです。

沢蔵主天麩羅蕎麦が御意に入り

このことから、たぶん文政10年以前から蕎麦屋であったのでは

ないでしょうか?

天ぷらはいつ頃始まったのか?

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そもそも天ぷらの始まりを調べてみたら天ぷら自体の歴史も様々な説が

あるようでどれが正しいのかはわかりませんが種子島にポルトガル人が

来てから伝えられたのが始まりのようですね。1543年頃のことです。

天ぷらの語源もいろいろありますが中でも多いのが

ポルトガル語のテンペーロ=調理する

スペイン語のテンプロ=お寺を意味する

中国から伝わった「天麩羅(あぶら)」を読み違えた。

いろいろな説があるようです。

天麩羅という字ですが

揚げ油の上辺(天)にゆらゆらする小麦粉(麩)、羅は薄い衣という意味が
あったようで、その他にもいろいろ説がありますね。

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江戸時代の天ぷら

油が高級品のために江戸時代でも、初めの頃は庶民は天ぷらは

あまり食べられなかったようです。

徳川家康の死亡説の一つに天ぷらを食べ過ぎて、73歳で亡くなったという

ものもあるようですが、本当の死亡原因はわかっていないようです。

確かに、普段から食べ慣れていない油料理を江戸時代では高齢の73歳で

たくさん食べたら体を壊すかもしれませんね。

江戸時代の庶民が天ぷらを食べるようになったは、江戸の後期の頃のようです。

その頃は、屋台の天ぷら屋さんが江戸前の穴子、芝海老、こはだ、貝類などを

串に刺して天ぷらにして出していたようです。

串に刺して出していたのは、食べやすくするためです。

串揚げは昭和になってからなので、串天ぷらはずいぶん昔からあったんですね。

天ぷらそばの始まりは?

天ぷらそばの始まりもはっきりとしたことは、わかっていないようですね。

江戸時代の終わりの頃には食べられていたようなので、屋台の天ぷらが

出はじめた頃だと思われます。

この頃の蕎麦屋も屋台で「風鈴そば」と言って、屋台の蕎麦屋が来ると

風鈴を鳴らしていたようです。

豆腐屋がラッパを鳴らして、来たことを知らせるような感じですね。

それで、たまたま屋台の天ぷら屋さんの隣に風鈴そば屋が来て

屋台でかけそばを買ったお客が、隣で天ぷらを買ってそばにいれたら

うまいということで、流行ったのではないかと言われています。

幕末の頃の江戸っ子は好奇心が旺盛だったのかも。

たぬきそばの始まりとは?

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今では、ほとんどのそば屋では売上一位になってきている

天ぷらそばですね。

昭和の初めごろは天ぷらそばは高級品だったので
今のように気軽には食べられなかったようですね。

そこで、天ぷらそばからエビ(たね)を抜いた
てんかすがはいったたねぬきそばが安く登場して

たねぬきそばがそのうちたぬきそばと呼ばれるようになったそうです。

 

その他には、天ぷらそばだと思っていたらエビが入ってなくて

たぬきに馬鹿にされたようだということからたぬきそばになった
という説もありますね。

たぬきそばは今でも人気ですね。

僕も好きです。

そばの歴史も調べてみると

いろいろあって面白いですね。

またなんか調べて見ようと思います。

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