「庵」がつくそば屋が多い理由は?意味は?

   

そばが好きな方でしたら、「庵」がつくそば屋多いことに気づいていると思います。

「庵」がつくそば屋で有名なところといえば、

長寿庵、小松庵、本むら庵、一茶庵、松月庵、蓮玉庵、萬盛庵、大村庵

などがありますね。

その他にも数え切れないぐらいに日本中には、「庵」がつくそば屋さんがあります。

そもそも「庵」というのは、どういう意味があるのでしょうか?

「庵」とは小さな住まいとか、草葺きの住居などの意味で、

僧尼や隠遁者の住む家を指します。

大きな禅寺に付属している小さな僧房という意味もあります。

まーよーするに、大きなお寺に脇に小さな小屋みたいなのがあって

そこに修行中のお坊さんが住んでいたような感じですかね。

そば屋に「庵」がつくようになったのは?

そもそもそば屋に「庵」がつくようになったのは、江戸時代の中期頃に浅草の称住院という

お寺に由来します。

この称住院の院内に「道光庵」という支院がありました。

道光庵の庵主は信州の出身でそば打ちがとても上手だったのです。

参拝者にそばをふるまったところ、大変評判となりどんどん人気になりました。

次第に、道光庵のそばを食べにたくさんの人が押し寄せるようになります。

そのうち寺なのかそば屋なのかわからなくなってしまします。

親寺の称住院では、修行にならないとそばを出すのをやめるように注意しますが

道光庵は隠れてそばを出していました。

見るに見かねた称住院では「そば禁断の石碑」を立ててそばを食べに来た人を門前払いしました。

 

稱往院極楽寺-08蕎麦禁制の碑
稱往院極楽寺-08蕎麦禁制の碑 posted by (C)トロイ

この道光庵が繁盛した頃から、あやかって「庵」をつけるそば屋が増えたのです。

「庵」をつけたそば屋がさらに繁盛したので、どんどん増えていったのです。

まとめ

なるほど、そういういきさつがあったのですね。

道光庵はそば禁断の石碑を建てられて、注意されて終わったようですが

江戸の中期あたりから、そばがよく食べられていたようですね。

江戸っ子はそばが好きだったようです。

どうりで時代劇でよくそば屋で酒を飲んでるシーンがあったわけですね。

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